高位西国人（人）より継承
●職業のアイドレス●
●高位西国人＋ドラッガー＋ウォードレスダンサー＋舞踏体●
１.舞踏体のはじまり
／＊／
「―――――――――――――――――――――――――――」
何も見えない。
暗闇だけが、その空間を支配していた。
そこは静寂と暗闇が支配する空間。
「―――――――――――――――――――――――――――」
暗闇に閉ざされた感覚の中、体を振るわせるのは、自分の体から響く音のみ。
閉ざされた空間特有の耳鳴り
喉と口元を伝う自らの静かな呼吸音
そして、筋肉と骨、関節の軋む音
生きているだけで、意外に人はうるさいんだな、と。
そんなことを思ってしまった。
訓練の内容はここで一定時間を過ごすことだ。
動いてはいけないとは。言われていない。
静寂と暗闇の中、 感覚が研ぎ澄まされる
正直に言うと、じっとしているのに耐えられ無くなった。
きっとどこかで誰かモニターしてんだろうなぁ、と思いニヤリと笑う。
――――――――――――――そして、軽やかなステップでその一歩を踏み出す。
【 ウォードレス特殊戦闘訓練室 】
それは空間戦を想定したメンタルトレーニングのために設置された、ただ暗いというそれだけの部屋。
その暗闇から 『 舞踏体 』 は生まれた。
／＊／
※※※※※※※※
人は、外部から取り込む情報の多くを視覚に頼っている。
視覚を遮断する事によって、自分の身体の感覚が鋭敏化
『視覚を除く五感の強化』
『呼吸法の鍛錬』
『筋肉の使い方の研究』
を行い、従来のそれをより繊細に高めたウォードレスの着用を想定した身体技法『 舞踏 』
そして、それを可能とする肉体の事を『 舞踏体 』と呼ぶ。
※※※※※※※※
――――――――――モニタールームの暗視カメラが写す映像ディスプレイを見て、観測員がニヤリと微笑む。
／＊／
――――――――その舞はかつてこの国、ＦＥＧが砂漠の小国であった時代から祭事の際に奉じられていた踊りだった。
その舞は西国人らしい三日月刀（形状はシャムシールに似ている）を持って行う、剣舞である。
近代化に伴い、伝統的な祭事が行われる機会が少なくなり、その舞を見る事が少なくなった。
そもそもこの伝統的な舞は、繊細な四肢の動きや使い方を魅せる舞である。
舞踏装束は男女共に露出度が高いものが広く使われており、近年伝統的な行事が好まれなくなったのはこれの風紀的問題が大きな理由であるとされている。
とはいえ、その舞自体は今も伝えられており、装束は露出度の低いものに変えながら、国営のＴＶで報道されている。
ＦＥＧの土着の武術は、この舞の動きを元にしている者もあるという。※逆に武術の動きを舞いにしたという説もある
ディスプレイには、ゆったりとした動作が移り、その動作を行う為の身体の動きがデータ読み取れる。
日常生活では、全くと言って良いほど利用しないマイナーな筋肉と鍛えられた体幹が、不自然なその動作と体勢を、さも自然であるかのようにしなやかな身体が可能としている。
話を【 舞踏 】の発祥に戻そう。
そもそも、『ウォードレスの着用を想定した身体技法』というものは本来、存在し得ないものである。
ウォードレスは『 戦闘舞踏服 』を祖とする。――――――――――とどのつまり、その運用は『ただの服』の延長である。
ただの服を着た時にどう動けばよいのか、動きを人に教わることはまず無いだろう。ＷＤにおいても同様である。
甲殻型や、重ＷＤ、環境毎に各種開発されているＷＤは厳密に別に運用を学ぶべきだが、それも搭載された機能や兵器使用を前提とた運用上の問題となるため、ここでは記述を控える。
つまり、ウォードレスとは着用すれば、着用者の能力＋ＷＤの性能が加わるただの服である。とする。※一部、ウォードレスコネクタ等を必要とする場合はある。
そう捉えた時。
同じＷＤを利用しても着用者次第で能力が大きく変わるのは以上の特性からだ。
そして、ＷＤ運用を強化しようとするならば、身体を鍛えれば良い。着用者の元々の能力にプラスされるのだから。
というのが至極もっともな意見である。
とはいえ実際はそうは行かない。
ＷＤ着用者の多くは、すでに十分と言われるほど常日頃から鍛錬に励む名も無き兵士達なのだ。
訓練を義務としている上層部としては、これ以上の訓練を無理に課すことに意味は無い。
いざ実戦となり、疲労が残るのでは意味が無い。馬鹿げたことである。
それならば兵の錬度をそのままに、ＷＤの性能を上げる事を考える。それが当然の考えだ。
つまり、これから何が言いたいかというと「その馬鹿げた事に」この国は手掛け始めたということである。
―――誇らしい事に。
それは、他でもない現場の最先端の一つ。
それは、空間戦を想定したメンタルトレーニングのために設置された、ただ暗いというそれだけの部屋。
暗闇で戯れに舞った舞をヒントに、現場から取り入れたいと打診がきっかけだった。
ただの服の使い方、ひいては身体の使い方を運用をまとめ、それは部隊に共有化することは出来ないか、と。
これが、ＷＤ用身体技法の作成が開始されたのである。
閉鎖空間。 静かに心を落ち着け、全身に呼気をめぐらせる呼吸。
同時に、感覚と筋力をサポートするため軽めのドラックを注入する。
――――――――――――観測員がデータをとり続けている。
静寂と暗闇。 瞳を閉じ、呼気と共に鼻腔を通る空気が匂いを感じる。
ドラッグと、暗黒の視界が五感をを研ぎ澄ます。
――――――――――――感覚の記憶を伝える為に訓練後のＷＤダンサーが頭を捻り、レポートを書いている。
軋み。 骨が、筋肉が、関節が軋みをあげる微かな音すら聞こえ適そうなほど研ぎ澄まされた感覚。
骨が身体の各部を支えていることがが、関節が姿勢を変えていることが、筋肉の一筋の動きが、実感として感じる。
――――――――――――ＷＤダンサーと観測員が抽象的な感覚の表現の違いで口論に激が飛ぶ。
それは、ＦＥＧにウォードレスダンサーが組み込まれた当初より、水面下で動き、実戦のデータを参考にし、訓練と実験と伝統と無謀な試みが生んだ 戦う為の術。
その術を持つもの。
それは、舞うように戦う、ウォードレスの名に恥じないという誇りを抱いた、ただの人であった。
／＊／
イラスト：十字
文章：周船寺竜郎
／＊／
２.ドラッガー ―ドラッグによるメリット、デメリット―
＊気楽な男との無表情な会話
ビーーッ
ブザーが鳴り響き、トレーニングルームに光が戻る。
急激に明るくなったことと舞踏を中断させられた事が重なり、いささか気分を害された。
もっとも、投薬で精神抑制されている為、それも直ぐに消える。
やや乱れた呼吸を整えながら部屋を出たところで、声を掛けられた。
「お疲れ様です。如何ですか？新アイドレスは？」
「――上々です。」
抑揚無く答える。
投薬の効果が切れるまでまだ時間があり、顔も感情も酷く表情が無い。
声を掛けてきた男は投薬前なのか、いつも通りの調子で微笑みながら話しかけてくる。
「やはりこう、体の柔軟性が増した分、動きやすさは段違いですねぇ。
こうも体が伸びやかだと、思わず体を動かしたくなってしまいます」
言いながらステップを踏んでターンを決める男。
――すでに高揚剤でも打たれてるのだろうか。
「あぁ、失礼失礼。体を動かすのは嫌いじゃないもので、浮かれてますかね。
以前のよーな機械の体では無いですから、尚更動いているのがこう、気持ちいいといいますか」
「……どうでもいいですが」
やはり抑揚無く言葉を返す。
「出歩くなら、上に何か着て下さい」
感情がフラットになっているので、見てこちらが恥じらうという事も無いが。
ＷＤで武装した女性に容陽気に話しかける半裸男の図という、いささかシュールな絵面が気になって問いただす。
その男は言われてやっと気付いたのか、顔を真っ赤にして「あははははは」と空笑いをし、逃げるように廊下の向こうに消えていった。
向かった先を見るに、ＷＤに着替える所だったらしい。
今はそんな気分ではないが。
投薬と訓練が終わった後で、存分にからかい尽くすとしようかね。
＊病的なる有り様
『射撃回避テスト、開始！』
ＦＥＧの一角、廃墟を利用した訓練場に、スピーカー越しの掛け声が響く。
それに合わせて、荒野に立つＷＤの男に射線を合わせた、複数の機関銃が一斉に火を噴いた。
ガガガガガガガガガッ
空気を切り裂きながら、幾多の弾丸が男の下へ殺到する。
もっとも、射撃が始まった時にはすでに、男が居た空間に人影は無い。
複数からなる射線の死角へと、すばやく駆け出す。
それにあわせるように、新たに出現する機関銃群。
今度はそれらが火を噴く前に射線外へと移動する。
幾度かそれを繰り返し。
気がつけばあたり一面を弾丸が飛び交っていた。
訓練エリア全体を蹂躙するかのように、弾がばら撒かれる。
ＷＤの装甲を貫けないとはいえ、実弾である。
被弾すれば只では済むまい。
だが、男はいまだ健在。
戦闘用投薬によって限界まで研ぎ澄まされた集中力と反射速度が
舞踏体によってもたらされた柔らかな体とセンスが
そしてそれら全てを大きく向上させているＷＤが
人目には不可能としか見えないような回避を未だ持続させている。
弾丸と弾丸の隙間、機関銃が旋回する波の間と間、その刹那刹那に生まれる隙間を紙一重で切り抜けていく。
ＷＤ越しに、装甲すれすれを弾丸が通過していくのが分るような気すらしてきた。
「……ハハ」
投薬のせいだろう。
被弾すれば即病院送りというような最中でも、恐怖はさほど感じない。
むしろ。
危機の直ぐ傍をすり抜け続けるという感覚が。
酷く、愉しかった。
「ハハハハ」
意識の全ては回避の為ににそそがれている。体に、笑うなんて余地は無いはずだ。が。
「あははははは」
止まらない。
「あハハハははははハッ」
一重に、快感なのだろう。
「アハはははハハハはははははハははッ！」
止まらない。
銃弾の間で舞う舞踏も。
哄笑も。
止める気も、無かった。
／＊／
その様子を見ていたテスト観測員が、ヘッドフォンから耳を離す。
ヘッドフォンからは、哄笑がずっと繰り返されている。
「――なんといいますか」
観測員が、もう１人の観測員に呟く。
「……イっちゃいましたね。あれ」
「病気か何かみたいですねぇ」
未だ舞い続ける様を見ながら相槌を打つ。
そろそろ機関銃の弾丸も底を突く頃だ。当初の予定時刻を大幅に上回って回避を続けている。
それ自体は喜ばしいが、さて。
あの精神状態で弾丸が止んだら、一体どうなるのだろう？
それがひたすら気がかりではあった。
まだ、哄笑は響いている――
／＊／
イラスト：竜乃麻衣
文章：小鳥遊敦
／＊／
Ｌ：舞踏体 ＝ ｛
ｔ：名称 ＝ 舞踏体（職業）
ｔ：要点 ＝ しなやかな身体，舞，変な立ちポーズ
ｔ：周辺環境 ＝ 暗闇
Ｌ：ドラッガー ＝ ｛
ｔ：名称 ＝ ドラッガー（職業）
ｔ：要点 ＝ 病的，薬を静脈に入れるための管
ｔ：周辺環境 ＝ 廃墟
Ｌ：ウォードレスダンサー ＝ ｛
ｔ：名称 ＝ ウォードレスダンサー（職業）
ｔ：要点 ＝ 表情が欠落した顔，ウォードレスコネクタ（首筋の６個穴）
ｔ：周辺環境 ＝ ウォードレス
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